本件では、朝日新聞と毎日新聞が対照的な報道をしています。 朝日新聞は、体外受精、夫の同意なくても夫の子と推定という見出しの下に、「凍結保存していた受精卵を、妻が夫に無断で使って出産した女児と夫との間に、父子関係がないことの確認を求めた訴訟で、奈良家裁(渡辺雅道裁判長)は15日、奈良県内に住む原告の男性(46)の訴えを却下する判決を言い渡した。「体外受精に夫の同意がなくても、妻が婚姻中に妊娠した子は夫の子と推定する民法の規定は及ぶ」との判断を示した。訴状などによると、男性は2004年に女性(46)と結婚し、11年、体外受精により男児を授かった。13年10月ごろ、2人は別居したが、女性は体外受精をしたクリニックに保存されていた受精卵を、男性の同意を得ずに使って妊娠、15年春に女児を出産した。その翌年、2人の離婚が成立した。男性は、自分の同意なく女性が単独で妊娠・出産しており、自分は一切関与していないと主張。女児について、生物学的には自分の子どもかもしれないが、その理由のみで法的な親子関係が認められるものではないと訴えていた。民法772条には、妻が婚姻中に妊娠した子は夫の子と推定する嫡出(ちゃくしゅつ)推定の規定がある。しかし男性は、女性と長期間、一緒に暮らしていなかったことなどから、嫡出推定は受けないと主張していた。女児側は「生物学的な親子関係が存在する。妊娠当時、夫婦の実態は失われておらず、嫡出子と推定される」と反論していた。」と報道しています。 毎日新聞は、受精卵移植、夫の同意必要との見出しの下に「凍結保存していた受精卵を別居中の妻が無断で移植し、出産したとして、奈良県の外国籍の男性(46)が生まれた女児(2)と法律上の父子関係がないことの確認を求めた訴訟の判決で、奈良家裁は15日、訴えを却下したうえで、父子関係を認める初判断を示した。渡辺雅道裁判長は「移植には夫の同意が必要」と指摘する一方、同意がなくても、妻が婚姻中に妊娠した子は夫の子と推定する民法の「嫡出推定」が適用されるとした。男性は控訴する方針。体外受精の利用が広がる中、夫の同意なく受精卵を移植しても嫡出推定が適用されるかが争点だった。男性側は「別居し、移植に同意していないため適用されない」と主張していた。判決はまず、体外受精などの生殖補助医療で生まれた子と夫の父子関係が認められるには、夫の同意が必要と指摘。凍結受精卵は長期間保存できるため、「作製・保存に同意したとしても、移植に同意しないことがありうる」として、移植時の同意が必要とした。一方で、「法律上の親子関係を早期に安定させることが必要」として判決は嫡出推定を重視。男性が当時、妻と1泊2日の旅行をするなど交流があったため「夫婦の実態が失われているとはいえない」として、女児は男性の嫡出子と推定されると結論付けた。 ただ、民法では嫡出子と推定された子との父子関係を否定するには、「嫡出否認」の訴えを起こす必要があるため、今回の訴訟は不適法だとして却下した。判決によると、男性は2004年に日本人女性(46)と結婚。不妊治療を受けるために奈良市の婦人科クリニックに通院した。10年に体外受精で複数の受精卵を凍結保存し、11年に一部の受精卵を使って長男を出産した。しかし、夫婦関係が悪化して13年に別居。女性は14年、男性に無断で残りの受精卵を移植し、15年4月に女児を出産した。男性は戸籍上の父親となったが、昨年10月に女性と離婚し、女児と父子関係がないことを確認する訴訟を起こした。」と報道しています。ただ、別居期間中の交流状況が最大の争点に今後なります。面会交流による交流が推定が及ぶ根拠とされているようです。 逮捕・勾留・服役・交通事故による入院など、物理的に、性交渉が無理な場合は推定が及ばない嫡出子となるのです。 続いて産経新聞です。こちらの方がややぐちゃぐちゃですが詳しいです。 「凍結保存していた受精卵を別居中の妻が無断で移植し出産したとして、奈良県内の外国籍の男性(46)が、生まれた長女(2)との間に法的な親子関係がないことの確認を求めた訴訟の判決が15日、奈良家裁であった。渡辺雅道裁判長は親子関係を認める要件として「受精卵の移植時には夫の同意が必要」との判断を示した。体外受精による出産で親子関係成立に夫の同意が必要とした司法判断は初とみられる。一方、男性の訴えは、別の理由で却下した。判決理由で渡辺裁判長は、体外受精などの生殖補助医療により誕生した子供と夫の法的な親子関係が認める要件について、「凍結受精卵を移植する際に夫が、生まれた子供を夫婦の子として受け入れることに同意していることが必要」と言及。「同意のないまま生殖補助医療によって生まれた子供と夫との間に法的な親子関係を認めるのは相当ではない」と述べた。 その上で、今回のケースを検討。妻が長女を妊娠していた当時の交流状況から「別居していたが、旅行に出かけるなど夫婦の実態は失われていなかった」と指摘した。妻が婚姻中に妊娠した子は夫の子と推定する民法の「嫡出推定」が及ぶかどうかは、外観的に評価判断すべきであるとの最高裁判例に基づき、今回のケースも適用されると判断。親子関係がないことを確認するには、別に嫡出否認の訴訟が必要として退けた。判決などによると、男性は平成16年に日本人女性(46)と結婚。21年から不妊治療を始め、奈良市の婦人科クリニックで体外受精で作った複数の受精卵を凍結保存した。受精卵の移植によって23年に長男が生まれたが、25年に夫婦は別居。女性は26年に男性に無断で残る受精卵を移植し、27年4月に長女を出産。夫婦は昨年10月に離婚した。」 日本産科婦人科学会によると、国内で平成27年に行われた体外受精は約42万件。新生児の20人に1人に当たる過去最多の約5万人が生まれた。 名古屋の離婚弁護士のコラムです。朝日新聞の方はある程度知識があるものの、毎日新聞は全く法知識がなく、弁護士も、同僚弁護士も最初に毎日新聞を読んで、これはどういう論理なんだ、という話題となりました。男性側が控訴の方針との記述もあります。 しかし、朝日新聞を読むとなんということはないのですね。かかる渡邊判事は、良心的で常識的な判事です。 わかりやすくいうと、弁護士さんと、服部令子さんの間に、服部優斗くんが生まれました。しかし、弁護士さんと服部令子さんは、当時別居状態でした。ですから、こどもが生まれるわけはないように思うのですが、裁判所の事実認定によると、妻と一泊二日の旅行に行くなど「完全別居」という状態ではなく、性交渉を持つ外観はあったと解されます。最高裁は外観説に立ちますから、推定の及ばない嫡出子に該当しないので、婚姻中に生まれた優斗くんの父親は法的にも、弁護士さんである、ということになります。しかし、服部令子さんは、弁護士さんが嫌いで縁を切りたいと考えています。そこで、戸籍上弁護士さんの戸籍にある優斗を動かすために、親子関係不存在確認の訴えを起こしたという、かなり複雑な事情があるように思います。 ただ、弁護士さんは、生来の父のようにも思われるのですから、嫡出を否定するのは、実質的にも「据わりが悪い」ようにも思います。他方、弁護士さんとしても、父になることは望んでおらず、却下されたことに不服があり双方とも控訴するのではないか、と思われます。新聞の判断だけではわかりませんが、裁判所の職権的な後見的判断が強かったように思います。 今後、大阪高裁家事抗告集中では、おそらく、ふたりの性交渉の機会がなかったということを中心に、証明を試みた方が賢明のように思われます。奈良家裁は、要するに、同意は必要だけど嫡出推定は破られないよ、ということです。ですから、別居中の妻の出産を知った場合は速やかに弁護士に相談されることをおすすめいたします。 弁護士としては、そもそも嫡出推定の制度自体に合理性を失っており、特に、法的な父親を早期に確定させ安定させる必要性が判例上高くなっているわけではなく、DNA技術の発達で生来の父親の把握は容易になってきている。したがって、嫡出推定の制度自体が、憲法13条・14条・24条2項に反するものと考えます。 弁護士と同じ意見をとる山浦裁判官反対意見を紹介します。 裁判官山浦善樹の反対意見は,次のとおりである。 私は,多数意見と異なり,女性について6箇月の再婚禁止期間を定める本件規定の全部が憲法14条1項及び24条2項に違反し,上告人が前夫と離婚をした平成20年3月までの時点において本件規定を廃止する立法措置をとらなかった立法不作為は国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるべきものであるから,原判決を破棄して損害額の算定のため本件を原審に差し戻すのが相当と考える。以下においてその理由を述べる。 第1 本件規定の憲法適合性について 1 昭和22年施行の日本国憲法24条は,婚姻及び家族に関する事項について,従前の大日本帝国憲法(明治23年施行)における男性優位の思想とその下で制定された旧民法の家制度における封建的・性差別的な考えを完全に廃し,個人の尊厳と両性の本質的平等の理念を普遍的な価値であると宣言したものと解される。私は,婚姻の自由が,このようにして定められた憲法24条とその基礎にある憲法14条1項により,合理性のない性差別が排除された婚姻制度を利用し,そこから得られる様々な効果を享受することができる憲法上の重要な権利ないし利益になっていると考える。したがって,女性にのみ婚姻の制約を課す本件規定の憲法適合性を判断するに当たっては,国会の立法裁量の幅は相応の限定を加えたものとして捉えるべきであり,このような見地から,立法目的を正確に見定め,制定後1世紀以上を経過した現代においてもその目的に合理性があるか否かを検討するとともに,これを達成するための手段として必要性・相当性があるか否かをも検討し,他により影響の少ない方法がある場合には,本件規定は違憲の評価を帯びることになると解するのが相当である。 2 私は,本件規定の本来の趣旨は「血統の混乱を防止する」という目的を達成するための手段として離婚した女性に対し再婚を禁止するというものであるから,父性推定の重複回避の問題として単にその期間の長短を検討するだけではなく,再婚禁止の制度それ自体が男女平等と婚姻の自由を定めた憲法の趣旨に適合するか否かを正面から判断すべきであると考える。 本件規定と同旨の規定が導入された旧民法制定当時の法典調査会や帝国議会における政府説明によると,再婚禁止期間の制度は血統の混乱を防止するためであるとされていた。例えば旧民法の立案に関わった梅謙次郎起草委員も,旧民法767条1項(現行民法733条1項と同旨)について,「本條ノ規定ハ血統ノ混亂ヲ避ケンカ爲メニ設ケタルモノナリ」とし,(生まれた子の父はどちらの男かの)「判断ヲ誤レハ竟ニ血統ヲ混亂スルニ至ルへシ」(『民法要義巻之四』91頁(明治32年))とする。そこでは,男性にとって再婚した女性が産んだ子の生物学上の父が誰かが重要で,前夫の遺胎に気付かず離婚直後の女性と結婚すると,生まれてきた子が自分と血縁がないのにこれを知らずに自分の法律上の子としてしまう場合が生じ得るため,これを避ける(つまりは,血統の混乱を防止する)という生物学的な視点が強く意識されていた。しかし,当時は血縁関係の有無について科学的な証明手段が存在しなかった(「造化ノ天秘ニ屬セリ」ともいわれた。)ため,立法者は,筋違いではあるがその代替措置として一定期間,離婚等をした全ての女性の再婚を禁止するという手段をとることにしたのである。禁止期間については,懐胎の有無が女の体型から分かるのは6箇月であるとの片山国嘉医学博士(東京帝国大学教授)の意見を参考にして6箇月とされた(旧民法767条1項)。 したがって,その論理に従えば,離婚後に出産した女性等は再婚禁止の規制を受けないが(旧民法767条2項),それは父性の推定の重複がないからではなく,血統の混乱があり得ないからである。ほかに婚姻障害の規定としては,重婚の禁止,近親婚の禁止,姦通者と相姦者の再婚禁止(旧民法768条)などがあるが,再婚禁止もこれらと同じレベルで規制されていた(姦通罪は,家の血統や父権の維持のために認められた封建的色彩の強い規制であったのであり,再婚禁止ともその趣旨を共通にする部分がある。)。このような著しく性差別的な制度が成り立ったのは,当時は血縁の有無を判断する科学的な手段が存在しなかったことに加えて,旧憲法下においては家制度を中心とした男性優位の社会が国体の基本とされていたという二つの歴史的・社会的な背景があったからである。 3 多数意見は,本件規定の立法目的について,「父性の推定の重複を回避し,もって父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐこと」であるとするが,これは,血縁判定に関する科学技術の確立と家制度等の廃止という社会事情の変化により血統の混乱防止という古色蒼然とした目的では制度を維持し得なくなっていることから,立法目的を差し替えたもののように思える。確かに,推定期間の重複回避というレベルの問題ならば,単純計算で,再婚禁止期間を約80日短縮して100日にすれば重複を回避できるから合憲であるという結論になる。しかし,単に推定期間の重複を避けるだけであれば,重複も切れ目もない日数にすれば済むことは既に帝国議会でも明らかにされており,6箇月は熟慮の結果であって,正すべき計算違いではない。学説が父性推定の重複を取り上げるときには,再婚禁止期間の6箇月は計算上長期に過ぎるから100日に短縮すべし等という民法改正論の文脈で述べられていることが多いが,本件は,再婚禁止の制度それ自体の憲法適合性の裁判であり,その期間の長短の如何ではなく,他により影響の少ない手段があるにもかかわらず,再婚禁止という厳しい規制をすることの憲法的な存在意義が問われていることを見落としてはならない。 また,再婚禁止の制度により血縁をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことが「子の利益」にかなうか否かについては,旧民法の立案者は妻を迎える側の立場に立って前夫の遺胎を心配していたのであって,生まれてくる子の利益を確保するなどということは,帝国議会や法典調査会等においても全く述べられていない。明治31年当時は女性は選挙権も与えられず,相当額の納税をしている一部の男性のみが立法に参加しているにすぎない。そういう帝国議会において旧民法が制定されており,旧憲法や旧民法には,子は男それも長男(嫡男)が重視され,二男や女児に至ってはその福祉を考える姿勢はなく,保護の対象から除外されていたといえる。このような時代において,離婚した女の再婚を禁じた旧民法に,生まれてくる子の利益の確保という視点があったとするのは余りにも歴史を無視したものと思われる。 4 そうはいっても,生物学上の父子関係の有無と法律上のそれとの食違いをできるだけ避けるということの合理性を否定することはできないから,このような意味においては,血統の混乱を防止するという立法目的もそれなりの合理性を有しているといえるであろう。したがって,血縁関係を正確に判定できる証明手段がなかった当時においては,後夫と血縁のない子が生まれることを防止するため再婚禁止期間を設けるという考え方も理解できないものではない。しかし,梅も「苟モ其(血統の)混亂ノ虞ナキ以上ハ可ナリトスルヲ妥當トス」(梅・前掲92頁)としているように,血縁を科学的に証明する手段があれば,再婚禁止という手段を設ける必要はなかったのである。 旧民法が施行された明治31年頃とそれ以降の医科学の水準の変化についてみると,例えば,ABO式血液型が発見されたのは1900年(明治33年),産婦人科医荻野久作が排卵,受胎,妊娠に関するいわゆるオギノ理論を発表したのは大正13年(1924年),それが学会で受け入れられるに至ったのは昭和5年以降であり,いずれも旧民法制定より後のことである。DNA検査に関していえば,1953年(昭和28年)にDNAの二重らせん構造が発見され,1985年(昭和60年)に至ってDNAフィンガー・プリント法という検査手法が確立され,我が国においてDNA検査が実用化されたのは平成3年頃のことである。その後,裁判実務等におけるDNA検査の利用も一般的なものとなり,近年では,簡易に,低額の費用で正確な父子判定を行うことができるようになっている。このように,旧民法制定から約100年余の間に科学的・医学的研究は急速な発展を遂げており,生物学上の親子関係の証明は「造化ノ天秘ニ屬」することで不可能という前提の下に,離婚した全ての女性に対して再婚禁止を課すなどという手荒な手段をとらなくても,血統の混乱を防止することが可能になった。 以上のように,DNA検査技術の進歩により生物学上の父子関係を科学的かつ客観的に明らかにすることができるようになった段階においては,血統の混乱防止という立法目的を達成するための手段として,再婚禁止期間を設ける必要性は完全に失われているというべきであり,本件規定はその全部が違憲であると考える。 5 もっとも,本件規定の全部を違憲無効とした場合には,まれには父性の推定が重複する子が生まれる可能性がある。多数意見は,そういう「子の利益を守る」という視点からも,本件規定のうち離婚直後の100日の再婚禁止については合憲であるとする。しかし,この考え方は,次のように,再婚禁止の規制とそれにより保護しようとする価値とを比較考量すると,その必要性・相当性に疑問が残り,かねて「父性推定の衝突を避けるという法技術的な理由に名を借りて女性を規制している」と批判されているが,私も,これと同じ考えから,多数意見には賛同できない。 (1) 本件規定がないとしても,父性の推定が重複する子を出産する女性の割合はごく僅かである。例えば,民法772条2項に関する法務省民事局の調査結果(平成19年5月1日読売新聞)によると,平成18年の11月と12月に提出された出生届の一部についての調査(無作為抽出の6493通)の結果,その中に離婚後300日以内に出産した女性のケースが17件あったという(出生届に対する割合は約0.26%である。)。同年の出生届は全国で109万2674件であるから,離婚後300日以内に出産した女性の概算は2860人となり,そのうち出産時に再婚していた女性の数は更に少ないものとなる。同年に離婚した女性(25万7475人)ないし同年に再婚した女性(11万8838人)の数と比較すると,結局,離婚した女性の大多数に対する再婚禁止は客観的には無意味で必要がなかったことになる。私は,離婚した女性の全員に対して婚姻の自由を制限するのではなく,たまたま父性の推定が重複する期間に生まれた例外中の例外の子に対しては,父が定まるまでの手続的に要する期間等のためにその子の利益にならない等と突き放すのではなく,国としてはその子の父を判定するために個別的な救済手続を設けるべきであり,もしその子に不都合が生ずるというのであれば,推定規定の合理化など必要な法改正・法解釈あるいは実務改善など,より影響の少ない方法のために知恵を出し合うことが肝要で,それにより十分に立法目的を達成することができると思う。このように本件規定は,生まれてくるかどうか分からない子のために離婚等をした全ての女性に対して再婚禁止という過剰な制約を課すものであり,旧憲法から新憲法に改正がされ,しかも他の効果的な解決方法が実用化された現在においては,その全部につき違憲の評価を免れるものではない。 (2) 多数意見によれば,再婚を100日間禁止すると,離婚届の後300日以内に生まれた子は全て前夫の法律上の子とすることが可能となり,それが子の利益になるというが,私は,それではむしろ離婚と再婚が接近している事例では血縁のない父子関係となる可能性が高まるので,信頼できる法的手続において科学的・客観的な判定を行い,父子関係を形成する方法をとるべきであると思う。近年の医療や科学水準を前提にすれば,生物学上の父子関係の判定は容易にできるのであって,民法773条(父を定めることを目的とする訴え)の類推適用によることに,それほど大きな負担が伴うわけではない。裁判での争点は血縁の有無だけであり,関係者の性生活などのプライバシーをさらけ出す必要性はなく,当事者らが自ら血縁ありと主張していながらその証明のための科学的鑑定に協力しないという状況は考えにくい。私は,この子にとって最初で最後となるこの機会に,最高の科学技術を活用して真実の父を定めることこそが本当の子の利益になるものと思う。 (3) さらに,多数意見のいう生まれた子にとって法律上の父を確定できない状態がしばらく続くことによる不利益も,少なくとも近年においてはそれほど重大なものとはいえなくなっている。実際には,裁判手続等が行われている間であっても,住民票への記載が可能であり,旅券の交付を受けることもでき,児童手当,保育所への受入れ,保健指導,健康診査等の各種の行政サービスを受けることも可能なのである。父子関係の早期確定という名目で再婚禁止期間を設けて,出産の時期という形式的な基準で法律上の父を前夫と決めてしまうことが,しばらくの間,父未定とされるけれどもその子にとって合理的な手続によって真実の父を定めることに比して,どれだけ子の利益になるのか疑問である。 6 共同補足意見は,本件規定の立法目的が父性の推定の重複を回避することであることを前提に,本件規定は前婚の解消等の時点で懐胎していない女性には適用されないと解している。しかし,それでも再婚しようとする女性は産婦人科に行き閉経により受胎能力がない旨の医師の診断書を入手するか,又は検査を受けて妊娠していない旨の証明書の交付を受けねばならないなどの事実上の負担を強いられることになる。それよりも端的に,100日の再婚禁止期間を設ける部分についてもその規定自体を違憲無効とし,例外中の例外として父性の推定が重複する子が生まれたときには,事後的,個別的な救済手続に委ねることの方が,婚姻の自由を確保するという見地からも妥当性を有するものと考える。 7 私は,DNA検査等による父子の血縁関係の証明に関し,父子関係の推定が及ぶ男性に対して父子関係不存在確認訴訟を提起する場合(最高裁平成24年(受)第1402号同26年7月17日第一小法廷判決・民集68巻6号547頁参照)は,既に法律上の父子関係が確定しているにもかかわらず,その後の訴訟において法律上の父を変更できるかという問題であるから,上記のように父を定めることを目的とする訴えの場合とは問題状況を異にするものと考える。すなわち,前者の場合は,一旦確定した法律上の父子関係を安定したものとして維持する必要があるから,その後にDNA検査の結果など確実な証拠によっても,血縁関係を証明して父子関係を覆すことが必ずしも子の利益にかなうとはいえないのに対し,後者の場合は,子の誕生の瞬間は二人の父(前夫・後夫ともに父性の推定を受けているから形式的には法律上の父になり得る資格を有している。)がいることになり,正に血縁がある父を判定しなければならないのであるから,子の将来にとって,科学技術を有効に利用して生物学上の父を正確に判定し,法律的な父を確定することが必要であると思うからである。 8 本件規定が全部違憲であるとすることは,諸外国における再婚禁止の制度の全面廃止の流れにも沿うものといえよう。すなわち,かつては,世界的にも,父子の血縁を証明する科学的手段がないため,再婚禁止が男女平等原則に反するという明確な主張はなかった。その後,大きく流れが変わったのは,DNAの二重らせん構造が発見された1953年(昭和28年)からDNAの実用化に成功した1985年(昭和60年)にかけてのことであり,諸外国において次々と再婚禁止制度が廃止され,現在では,主要国で我が国のような再婚禁止の制度を残している国はほとんどないという状況である。例えば,最近の例として,我が国とよく似た法制を採っていた大韓民国の場合について一瞥すると,親生否認の訴え(日本の嫡出否認の訴えに相当する。)について,1997年(平成9年),憲法裁判所は,真実の血縁関係に反する親子関係を否認する機会を極端に制限したものであり立法裁量の限界を超えたものであるというという理由で憲法違反と判断した。そこで2005年(平成17年)の法改正で,親生否認の訴えについて,出訴権者を夫又は母とし,出訴期間をその事由を知った日から2年に拡大した(高翔龍「韓国家族法の大改革」ジュリスト1294号84頁以下)。それと同時に,韓国民法811条の女性に対する6箇月の再婚禁止規定について,「婚姻が婚姻申告の受理によって成立する国では,この制度は実際上何の役割も果たさないことは明白である。かえって,その違反を婚姻の取消原因にしたために,女性に過酷な結果をもたらす危険性さえ内包している。そこで,2005年の民法一部改正によって削除された。」(金疇洙=金相□『注釈大韓民国親族法』28頁(日本加除出版,平成19年))。そして,仮に父性の推定が重複する子が生まれた場合には「法院による父の決定」(韓国民法845条)(日本の父を定めることを目的とする訴えに相当する。)により家庭法院において科学的判断に基づいて解決すれば足りるとし,一定の場合には検査を受ける者の健康と人格の尊厳を害しない範囲内で,当事者又は関係人の血液検査及びDNA検査を利用することができるとした(韓国家事訴訟法29条)(在日コリアン弁護士協会編『Q&A新・韓国家族法第2版』51頁,135頁(日本加除出版,平成27年))。 このほか,国連の自由権規約委員会や女子差別撤廃委員会から我が国に対し,再婚禁止期間の制度が国際条約における男女平等や自由に婚姻をすることができる旨の規定に違反するものとされ,1998年(平成10年)以降,廃止すべきことの要請ないし勧告が繰り返しなされていることも重要な事実である。 以上の事実は,我が国における憲法解釈に関して直接の根拠となるものでないものとしても,再婚禁止期間の制度が憲法24条2項に規定する夫婦及び家族に関する男女平等の理念に反していることを基礎付けることとなる社会状況の変化を示す重要な事実ということができるであろう。