ストラスブールと親子丼。

ストラスブール。フランス北東部の、ライン川左岸に位置する。河川港を抱える交通の要衝である。対岸にはドイツの都市ケールが存在するが、シェンゲン協定によってパスポートチェック無しで自由に行き来できる。都心にあるカテドラル(ノートルダム大聖堂)、アルザスの伝統家屋が密集したプチット=フランス地区がユネスコの世界遺産に登録されている。イル川の中洲である周囲2kmほどの島が都心であり、観光スポットもショッピングスポットもこの中洲に集中している。 カテドラルは地元産の砂岩で作られているため外観がバラ色で、地盤が弱いため尖塔が片方しかないのが特徴である。また、聖堂内には人の人生を表現したからくり時計「天文時計」が設置されている。 プチット=フランス地区はもとはなめし革職人の居住地区だったもので、小水路が入り組んだところにアルザス伝統の木組み(コロンバージュ)の家が密集している。このプチット=フランス地区内には閘門が設けられている。ストラスブールはイル川の水運で栄えた水の都であり、観光客向けに水上バスも運航されている。水上バスは都心を出発してプチット=フランス地区の閘門を水路を調整しながら通過し、イル川河畔の欧州議会付近まで周遊する。 その他、市内にはいくつかの美術館が存在する。郊外では、欧州議会の会議場も見所の一つとなっている。通常時は欧州議会の建物へ入ることはできないので、外から建物を見学するだけになる。年に何度か、欧州議会公開デーがあり、そのときは会議場内部を見学することができる。欧州議会に隣接して、欧州評議会、欧州人権裁判所もある。欧州議会・人権裁判所は非常に凝った現代建築である。 シュシュとふたりでストラスブールを旅したことがあった。周遊船を下りてホテルまで、二人で帰る途中だった。ストラスブールのワインの話とか、欧州人権裁判所の話をしていた。そしたら。 「ほくはね。優しい女性と結婚をして、こどもをふたり持ちたいんだ。叔父さんみたいにこどもたちの話にいつも耳を傾けて、自分の妻のことを尊重し、ずっと大事にする。家族4人。幸せになるのが夢だよ」「叔父さんがおじいちゃんになったら、僕らの家に一緒に暮らそうよ。叔父さんの部屋も用意する。心配しないで」 「・・・。」 思いがけない言葉だった。真正面から受け止めるべきだったのか、うっちゃっるべきなのか、一瞬の判断だったから、うーん、欧州の女性は、舅みたいな人とは同居しないでしょう、とか、でも、自分は、「夢がかなうといいね。」と応じた。 この日は、夕食は親子丼。キッチンのあるホテルを探して予約していた。そして、料理のテーマは、偶然にも、ある意味、シュシュのトークに沿ったテーマだった。 「なんで親子丼っていうのさ」と顔をにゅっと突き出して質問する。 「卵と鶏で作るから親子丼っていうの。卵と豚で作ると他人丼になっちゃう」 シュシュは、「でも、叔父さんだって、僕のパパになるときあるでしょ」「それに僕、『他人丼』でいい」と。 うーーん。 名古屋で近くのスーパーに買い物にいったときのこと。イオン熱田でシュシュは大きなカートを押してご機嫌だった。間違いなく有頂天だった。きっとそういう優しい記憶をシュシュは持ち合わせていたのだと思う。だから冷凍食品売場で、シュシュにとってはすべてが珍しい日本の餃子をみつけて、僕に「パパ!」と叫んでしまって、シュシュは凍り付いて、凍り付いていた何かが零れ落ちるように、言葉が詰まってしまっているようだった。折角、名古屋にシュシュが来たその週は、何か、ふたりにとって超えられない何かがあることを感じさせる結果となってしまった。 そういう経緯があってのストラスブールで少年とどう向き合うべきなのだろうか。でも、「じゃあストラスブールでは親子ってことで親子丼作るぞ!」と。 妙に哲学的なシュシュも無邪気に「ウィルダコ!」だった。 僕はキッチンに戻り、コンロの火力を弱めて、櫛に刺した鶏もも肉の入ったトレーをもって再びベランダに戻った。 コンロの焼き網の上に皮目を下にして置いた。 「親子丼って焼き鳥なの」とシュシュ。 「皮目だけバリバリとあぶるんだよ。鶏の臭みのもとは皮と肉の間にある脂。焼くと臭みもとれるし、食感もよくなるんだ」 皮目だけ焼いて、身の方は生のまま。続いて串を抜いて、まな板の上に皮目を下にして置く。一口大に切り分けていく。 鍋でカットした鶏肉を並べていく。僕は、卵を3個取り出して、ボウルに割って落として、卵液を切るようにとく。 シュシュが箸でくっついたところをはがして真ん中に寄せていく。 シュシュが「わ、すごい、たまらない、早く食べたい」という。 火をとめて一瞬二をして後は余熱で仕上げていく、その隙にご飯を器に盛る。 三つ葉を真ん中に添えて完成させる。 僕は、無我夢中で食べ続けるシュシュをじっとみていた。きっと美味しいものを食べることで人間は心を落ち着かせることができる。 満腹になれば幸せになれるのかな。 「叔父さんの親子丼食べたら、親子だね」とシュシュの瞳には涙が滲んでいるようにみえた。 シュシュは、お茶碗を僕にむけて元気よく差し出した。 「おかわり!」

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